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にゃんこ大戦争 そのキャラ使えるの?

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坂東武者

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そもそも坂東武者ってどの地方?

坂東は、現在の関東平野のことで東京・埼玉・群馬・栃木・茨城・千葉・神奈川の事を指しています。

昔は、首都が京都にあったときは、京都より東側は未開の地であり、野蛮人の住む土地だと考えられていました。 そして、日本アルプスを越え、富士山を越えると、だだっ広い関東平野を望みます。
関東、特に千葉県に居た方なら解ると思うのですが、千葉県に居ると、殆ど山なんて見えません。
唯一、天気がいいと茨城県の筑波山や、遠くに小さく富士山が見えます。
きっと京都から来た人は、このだだっ広い平野を見て、野蛮人が住んでるとおもったのでしょうか。

そもそも坂東武者って強いの?

強いかどうかは、長井斎藤別当実盛の話によると、
富士川の戦い、倶利伽羅峠の戦い。
いずれの戦いでも、総大将の平維盛。
戦もしたことなおぼっちゃんです。

戦って、どんなんかなー?っと、富士川の戦いの前に、坂東の道案内、長井斎藤別当実盛に尋ねます。
「やや実盛、汝ほどの射手八箇国にいかほどあるぞ」
実盛が十三束(こぶし十三個分)の大矢を使うので、すごいなーっと思っていた維盛。
ところが実盛曰く
「実盛ほど射候ふ者は、八箇国に幾らも候ふ。
坂東に大矢と申す定の者の十五束に劣つて引くは候はず。
弓の強さもしたたかなる者五六人して張り候ふ。
かやうの精兵共が射候へば、鎧の二三両は容易う懸けて射通し候ふなり。
大名一人して五百騎に劣つて持つは候はず。」
実盛程度は坂東では大矢とは言わず、 力の強い者五~六人で張った強い弓を使う。
鎧の二つや三つは軽く射通してしまう。
そんなすごい射手を、坂東の大名ならば五百騎以上連れている。だそうで。
坂東では、「馬に乗つて落つる道を知らず、悪所を馳せれど馬を倒さず」。
実盛によると坂東では
「軍はまた、親も討たれよ子も討たれよ死ぬれば、乗り越え乗り越え戦ふ候ふ。」
合戦となれば親が討たれようと、子が討たれようと、屍の山を乗り越えて戦うのだというのです。
すごい、坂東武者!
「西国の軍と申すは、すべてその儀候はず。
親討たれぬれば引き退き、仏事供養し忌み明けて寄せ、
子討たれぬればその憂へ嘆きとて寄せ候はず。」
「兵糧米尽きぬれば春は田作り秋は刈り収めて寄せ」
「夏は熱しと厭ひ」
「冬は寒しと嫌ひ候ふ。」
「東国の軍と申すはすべてそのやう候はず。」

西軍なんて、親が討たれれば引き、仏事があればその次の日に、子供が討たれれば嘆いてきやしない。

飯がなくなれば、春は田作り、秋は収穫

夏は暑いといい、冬は寒いっていう。

東国なんで、そんなことないもん!
そして、既に甲斐信濃の源氏等は地形を調べ、富士の裾野から搦手へも廻りこんでいるだろうと続けます。
実盛の坂東のお話に、維盛も周りの兵達もさぞかし恐ろしく思ったことでしょう。
「かやうに申せば、大将軍の御心を臆させ参らせんと申すとや思し召され候ふらん。その儀では候はず。
その故は、今度の軍に命生きて二度都へ参るべしとも存じ候はず。
但し軍は勢の多少にはより候はず、謀によるとこそ申し伝へて候へ。」
実盛は、皆を恐怖のどん底に突き落とすつもりではなく、今回の合戦で生き延び、再び都へ上ることができるとも思っていない、と述べ。
そして、軍は、兵の数の多少で決まるものではなく、謀略で決まると言われている、と結びます。

維盛、話し上手なこと・・・
実盛の坂東武者のお話。

こうかてきめん。

維盛や平家軍の兵達には、源氏の兵は恐ろしいモノに見えたことでしょう。

結果。

水鳥の羽音に驚いて、平家軍は散り散りになり、大敗。
嘘のような本当の話、坂東武者は噂だけでもかなりの強さを誇っていましたとさw

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